まず、3つの誤解を外す
法律上の「電気通信事業」の範囲は、一般的なイメージよりはるかに広いです。SaaSにチャット機能やメッセージ機能を付けた時点で、登録または届出が必要な電気通信事業に該当します。
違います。届出不要な事業(第3号事業)も電気通信事業法の規律対象です。通信の秘密は適用され、外部送信規律の対象にもなり得ます。
通信の秘密は個人情報かどうかを問いません。通信の内容だけでなく、通信の存在・当事者・日時といった構成要素も保護対象とされています。個人情報保護法の感覚で判断すると足りません。
① 自社のサービスが電気通信事業に当たるか → ② 当たるなら登録・届出が必要か → ③ いずれにせよ通信の秘密をどう守るか(ここは全員に関係する)
自社が対象かを判定する
総務省「電気通信事業参入マニュアル[追補版]」の判定フローチャートに沿って、4段階で判断します。各段階で「該当しない」となった時点で、そこから先は関係ありません。
1『電気通信役務』に該当するか
電気通信設備を他人の通信の用に供しているか(法第2条第3号)。
- 「他人」=自己以外の独立の人格。親子会社であっても別法人なら「他人」
- 「他人の通信」には自己と他人との間の通信も含む。自社サーバでユーザーとやり取りすれば該当する
- 設備は自社所有でなくてよい。クラウドを使っていても該当する
→ ほとんどのWebサービスはここは「該当する」。まだ規制対象という意味ではありません。
2『電気通信事業』に該当するか
電気通信役務を他人の需要に応ずるために提供する事業か(法第2条第4号)。ここが最大の分岐点です。
「自己の需要」なら該当しません。マニュアルが挙げる例:
- 個人や企業が専ら自らの情報発信のために開設するWebサイト
- 自己のメールアドレスのためのメールサーバの運用
- 自社商品やサービスのオンライン販売
- 顧客からの問合せを受けるメールフォーム・チャットボット
- 自社の広報のために顧客へ送るメールマガジンの発行
また「事業」とは反復継続して行うことを指し、他のサービスに付随して提供されるだけのもの(例:ホテルの宿泊サービスの一環として提供されるインターネット)は該当しません。
3電気通信事業を『営む』者か
反復継続して提供し、電気通信事業自体で利益を上げようとしているか。
- 現実に黒字である必要はありません
- 名目上無料でも、広告収入等で実質的に利益を上げていれば「営む」に当たります
- 自社の社員・社宅・グループ企業へ無償・原価ベースで提供する場合は当たりません
4登録・届出が必要か
ここで分かれます。基準は電気通信回線設備の設置と「他人の通信を媒介」するかです。
| 区分 | 内容 | 手続 |
|---|---|---|
| 登録 | 端末系伝送路設備が一の市区町村を超える/中継系が一の都道府県を超える | 登録 |
| 届出 | 上記に満たない回線設備あり/回線設備なしでも他人の通信を媒介する場合(サーバのみでも) | 届出 |
| 第3号事業 | 回線設備を設置せず、他人の通信を媒介しない電気通信役務 | 登録・届出とも不要 |
ア 加工・編集を行わない(情報の本質的な内容を改変しない。フォーマット変更・メディア変換・メールヘッダーへの配送情報付加は「改変しない」に当たる)
イ 送信時の通信の宛先として受信者を指定している
どちらか一方でも当てはまらなければ「媒介しない」=登録・届出は不要(ただし他社の媒介役務を再販する場合を除く)。
サービス類型ごとの判断結果
総務省マニュアルの「主な事例と考え方」から、SaaS事業者に関係の深いものを抜粋しています。自社の機能を思い浮かべながら見てください。
| サービス | 考え方 | 判断結果 |
|---|---|---|
| 自社サイトの開設 (専ら自社の情報発信) | 専ら自らの情報を発信する手段であり、自己の需要に応ずるもの | 非電気通信事業 |
| メールフォーム チャットボット | 問合せを受け付けるための提供は自己の需要に応ずるもの | 非電気通信事業 |
| メールマガジンの発行 (自社の広報) | 本来業務に関する広報であり、自己の需要に応ずるもの | 非電気通信事業 |
| オンラインストレージ | 加工・編集はしないが、保存時に宛先として受信者を指定しないため媒介に当たらない | 第3号事業 |
| ファイル共有 ファイル転送 | 同上 | 第3号事業 |
| ↑ ただし保存先を通知するメッセージ機能を付けた場合 | 他人の通信を媒介することになる | 登録/届出が必要 |
| SNS・電子掲示板 オープンチャット (「場」の提供) | 媒介していないため不要。ただし前年度の月間アクティブ利用者数の平均が1,000万以上なら必要 | 第3号事業 |
| ↑ ただし利用者間のメッセージ媒介機能を一部として提供する場合 | 媒介に当たる | 登録/届出が必要 |
| 利用者間のメッセージ媒介 (アプリ・SaaS) | 主たるサービスでなく一部の機能であっても媒介に当たる | 登録/届出が必要 |
| クローズドチャット オンライン会議 | 特定の利用者間に閉じた会話を媒介するもの。ゲーム内チャットも含む | 登録/届出が必要 |
| マッチングサイト/アプリ | 利用者間のメッセージを媒介する | 登録/届出が必要 |
| コンテンツの媒介(CDNを含む) | 内容を変更せず特定の受信者へ送信する | 登録/届出が必要 |
| 電話・FAX受付の自動代行 (音声の自動文字起こし転送を含む) | 内容を変更せずフォーマット変換して伝達する | 登録/届出が必要 |
| メールマガジンの媒介 (内容を変えず購読者へ送信) | 他人の通信を媒介している | 登録/届出が必要 |
| メールマガジンの配信 (提供された情報を元に作成して送信) | 加工しているため媒介に当たらない | 第3号事業 |
| IoT(加工せず宛先指定あり) | 媒介に当たる | 登録/届出が必要 |
| IoT(加工する/宛先指定なし) | 媒介に当たらない | 第3号事業 |
| 国外サーバを用いた メール・チャット等 | 設備の設置場所に限定はない。日本国内向けに提供していれば該当する | 登録/届出が必要 |
「内容を変えずに、宛先を指定して届ける」機能があるかどうか。これがあれば媒介=登録/届出が必要。加工するか、宛先を指定しない(置いておくだけ)なら第3号事業。
そして主たる機能でなくても、一部にその機能があれば該当します。
3つの規律
① 通信の秘密(法第4条)— 全員に関係する
個人情報保護法との決定的な違い
| 個人情報保護法 | 通信の秘密 | |
|---|---|---|
| 保護対象 | 個人を識別できる情報 | 通信の内容に加え、通信の存在・当事者・日時等の構成要素。個人情報かどうかを問わない |
| 同意の扱い | 包括的な同意で足りる場面がある | 個別具体的な同意が求められると解されている |
| 違反時 | 委員会の指導・勧告・命令等 | 刑事罰の対象 |
実務でぶつかる場面:障害調査でユーザーのメッセージを見る/スパム・不正検知のために内容をスキャンする/サポート対応で通信ログを参照する/捜査機関からの照会に応じる/AIによる自動処理に通信内容を流す。いずれも「業務上必要だから」だけでは通りません。社内で何をどこまで見てよいかを事前に定め、記録を残す運用が必要です。
② 外部送信規律(法第27条の12)
利用者の端末に記録された情報を外部へ送信させる指令(Cookie・計測タグ・SDK等)を出すとき、何を・どこへ送るのかを通知するか、容易に知り得る状態に置く規律です。個人情報に当たらない情報でも対象になります。
詳細は 法令マップ と 総務省 外部送信規律FAQ を参照してください。自社が「対象役務」に当たるかの判断はFAQが実務的です。
③ 登録・届出、および事業者としての各種義務
登録・届出をして電気通信事業者になると、通信の秘密のほかに検閲の禁止・利用の公平・重要通信の確保などの規律がかかり、通信の秘密や特定利用者情報の漏えい、一定規模以上の通信事故(重大事故)が発生した場合の報告義務(法第28条)も生じます。
事例集
相談として持ち込まれる形で並べています。結論ではなく、確認すべき順序を身につけてください。
1. プロダクトにチャット機能を追加したい
前者なら、内容を加工せず宛先を指定して届けるため媒介に当たり、登録または届出が必要になります。マニュアルは「主たるサービスが利用者間のメッセージの媒介ではなく、サービスの一部として提供している場合も」該当すると明記しています。後者(自社への問合せ受付)は自己の需要であり、非電気通信事業と整理されています。
確認項目:誰と誰の通信か/内容を加工するか/宛先を指定するか/リリース時期/届出の要否と手続の所要期間/通信の秘密を踏まえた社内の閲覧ルール
設計段階で相談されるのが理想です。リリース直前に発覚すると、届出が間に合わず出せません。
2. ファイル共有機能に「共有しました」通知を付けたい
マニュアルは、ファイル共有・転送サービス自体は第3号事業(届出不要)としつつ、「利用者間で、データを保存したことや保管先を通知するメッセージ機能を提供する場合は、他人の通信を媒介することから、登録又は届出が必要」としています。小さな機能追加が区分を変えます。
確認項目:通知にユーザーが任意の文言を添えられるか/宛先をユーザーが指定するか/内容を加工するか
3. 障害調査のためにユーザーのメッセージ内容を見たい
「業務上必要だから」だけでは根拠になりません。何をどこまで、誰の承認で見るのかを事前に規程で定め、実施記録を残す運用が必要です。利用規約や同意の取り方についても、包括的な文言で足りるかは慎重な検討を要します。
確認項目:閲覧の範囲を最小化できるか(メタデータで足りないか)/承認者/記録/利用規約の記載/代替手段(再現環境・匿名化)/法務確認
これは自己判断してはいけない類型です。必ず法務へつないでください。
4. スパム・不正利用対策としてメッセージ内容を自動スキャンしたい
正当業務行為として許容される範囲があるとされますが、目的・手段の相当性・必要最小限性が問われます。「全メッセージを常時スキャンして学習データにする」ような設計は、目的を超えていると評価される可能性があります。
確認項目:目的(利用者保護か、自社の分析か)/対象範囲/保存の有無と期間/人が見る場面の有無/外部サービスへの送信/利用規約の記載/法務確認
5. 海外リージョンにチャットのデータを置きたい
マニュアルは「国外に設置した電気通信設備を用いて、インターネットを通じて国内の利用者向けに提供する電子メールやチャット等」について、設備の設置場所についての限定はなく、登録又は届出が必要な電気通信事業と判断されるとしています。「海外だから日本の法律は関係ない」は成り立ちません。
確認項目:国内利用者向けか/届出の有無/個人情報保護法第28条(外国第三者提供)との重なり/顧客契約上の保存場所の約束(チェックシート対応)
6. 捜査機関から通信記録の照会が来た
照会の法的根拠(令状か、捜査関係事項照会か)によって取り扱いが変わります。窓口と判断者を事前に決めておくことが実務上の要点で、担当者が個別に対応すると事故ります。
確認項目:照会の種類と根拠条文/対象範囲/社内の承認者/法務・弁護士への連携/記録/利用者への通知の可否
顧客からセキュリティチェックシートで「法令に基づく開示要請への対応方針」を問われる項目でもあります。
7. 自社サイトに解析タグ・広告タグを入れたい
端末の情報を外部へ送るため、通知・公表等の対応が必要になり得ます。自社サービスが「対象役務」に当たるかから確認します。総務省FAQが判断の実務的な手がかりです。
確認項目:送信される情報の項目/送信先/利用目的/対象役務該当性/通知・公表・同意・オプトアウトのどれで対応するか/表示場所
8. すでに機能を出してしまった。届出が必要だったかもしれない
まず該当性を整理し、必要なら速やかに届出を行います。隠して様子を見るのではなく、事実関係を整理して相談する——これは漏えい対応と同じ原則です。
確認項目:いつから提供しているか/該当性の整理/届出書類と所要期間/社内の意思決定/今後の機能追加時のチェック体制
再発防止が本題です。「機能追加時に電気通信事業法の観点をレビューする」工程がなければ、また同じことが起きます。
調べ方と、一人でできるようになるまで
調べ方の使い分け
| 知りたいこと | 見るもの |
|---|---|
| 自社が該当するか | 総務省「電気通信事業参入マニュアル[追補版]」。判定フローチャートと「主な事例と考え方」が実務の中心 |
| 手続の具体(書類・提出先) | 総務省「電気通信事業参入・変更手続の案内」、各総合通信局 |
| 外部送信規律の該当性 | 総務省「外部送信規律」ガイドライン・FAQ |
| 条文そのもの | e-Gov法令検索 |
| 判断に迷う | 管轄の総合通信局に相談できます。抱え込まずに聞く |
一人でできるようになる5ステップ
機能一覧を作り、それぞれについて「誰と誰の通信か」「内容を加工するか」「宛先を指定するか」の3列を埋めます。これだけで該当性の当たりが付きます。
条文から入らないこと。事例から入るほうが圧倒的に速いです。上のサービス類型の表は、その抜粋です。
「誰が・どんなときに・何を見てよいか」「承認は誰か」「記録はどう残すか」。該当性の結論が出る前でも着手できます(届出不要でも適用されるため)。
一度調べて終わりにしないための仕組み化です。「メッセージ・通知・転送」を含む機能追加は必ずセキュリティレビューを通す——これをルールにします。事故の大半はここで防げます。
該当性の判断は個別具体的です。自分で結論を出そうとしないことが、この分野では正しい態度です。
やらなくてよいこと
- 条文を通読する — マニュアルの事例から入るほうが実務は動きます
- 通信事業者向けの技術基準を読み込む — 回線設備を持たないなら大半は関係ありません
- グレーな類型を自力で断定する — 相談窓口があります
電気通信事業参入マニュアル[追補版](PDF・総務省)
総務省:外部送信規律
総務省:外部送信規律FAQ
e-Gov法令検索